2017年7月25日火曜日
上場会社が現金流動資産を内部留保する
投資家集団が余剰資金を出し合い投資事業目的の匿名組合などを組成して株式市場で投資する場合、投資ファンドの代表は他人資本と自己資本が混在した組合財産を投資する。ここで、他人資本であることから一定の期間に想定する利益を上げなかったり、目ぼしい投資先が見つからなければ、投資に供されない内部留保に等しく、投資を引き揚げられて利益額は少なくなる。預金や自身の株式投資ではなく、投資ファンドをバイパスする理由は、投資額が大きくなる場面での展開や多額の資金運用窓口を統合する理由などがあろう。日本の国内総生産における成長率が0乃至1パーセント、預金利息が1パーセント未満、株式投資の平均パフォーマンスが6パーセント、年間で締める会計期間を導入すると、投資ファンドのパフォーマンスは年間10パーセントは要求されるし、仮に6パーセント未満であれば、投資家其々が株式投資すればよく、ファンド組成の意味が無くなる。また、鉱山開発やインフラなど会計期間を超える投資期間や投資継続が要求される場合、1年間の定期パフォーマンスは将来のリターンを組み込み難いという場合がある。ここで、更に株式会社の株式を購入するとして、所有と経営が分離した上場会社に投資すれば、投資家の投資資金は会社所有を通じて会社の内部留保の扱いに注目することになり、これが、内部留保を考慮した株価に比べて市場株価が低い場合にその意義が先鋭さを極める。投資家から集めた資金を投資しないままにすれば投資ファンドの代表は責められるのに、更にその資金を投資した会社において内部留保で投資しないままにすれば会社代表は責められなければ一貫性がないというように。株主資本主義や企業統治の視点から、株式市場で資金調達し得る上場株式会社が現金を内部留保することは資産の循環を停滞する遊休資産にするものとして間接金融ではなく直接金融として、投資家が求めるリターンに比較したリスクを投資家がとっているに見合う投資を会社が怠っており、とする考えにある。経営側からすれば、株主総会で承認された以上、内部留保は使途は不明であるが投資資金や運転資金として留保する、投資ファンド株主の言い分はそもそも他人の褌で相撲を取るようなもので、少なくとも事業リスクにおいては自らリスクを取っていない、という意識が根底にある可能性が高い。例えば不用意にリコールを求められて特別損失を計上する場合のリスクとして、このような可能性の為に内部留保をするとすれば株主に対する説明責任は果たし難いかもしれないし、このような危機が顕在化するときに新株発行して資金を用意できるか、銀行が金を貸すか、といったリスクである。この類は、明確に事前説明はできないけれどなんとなくそんな感じの機会がある、危機があるかもしれないというもので、会計帳簿からは計り知れない可能性がある。集めた金と、稼いで貯めた金の扱いを分ける考えに近い。投資ファンドからすれば、経営側は自己資本を投じていないので、他人の褌は経営側にこそあり、内部留保で使わないのであれば自己株式取得か配当で株主還元を図るべきとする。例えば定期的に魅力的な企業が買収対象として上がりその機会に内部留保を充てる為、使途不明の資金を用意しておくか、改めて銀行融資を頼むか、という判断で、非両立関係ではないが、銀行融資を頼れば銀行の意向を無視できなくなる、金利が掛かるなどの理由で内部留保を図る向きもあろう。
2017年7月21日金曜日
単位空間収益率を上げる為の工夫をする
ある事業や生活を組み立てる場合に、その事業や生活に先行して土地を取得し建物を建設するという流れとなる為、銀行融資に頼り、実態の稼働と建物のスペックが不釣合いになり、この不釣合いがオーバースペックとして事業資金や生活資金に占める割合が大きくなり、事業破綻や家計破綻を引き起こす。例えば洋服を買うのであればサイズは明らかであろうが、事業や生活は変化を伴うし、それに先行すれば尚更で、不足を避けるべく大きな規模になりがちである。銀行や不動産や建設業者からすれば、客先が融資に頼り、自己資金ではない以上、より大きな規模である方が売上や金利や仲介手数料に貢献するから、客先との利害は実は対立しがちとなり、より大きな規模で買わされるというバイアスがかかる。しかし、未来永劫変化なく続ける事業はなく、子供部屋を作ってもそれを使う期間は20年程度、すると子供部屋部分はいずれ空室になるが、銀行融資は35年間だったりする。郊外住宅地を観察すれば、一軒家に高齢者女性のひとり暮らしが当たり前で、子供は独立し、旦那は先に亡くなっている。こうなると、銀行融資は融資期間に関わらず、子供が独立する迄に、更に旦那が健在な期間に繰り上げ返済して返し切り、結果、子供が自宅で生活しないならば、土地建物を売却して規模を縮小したマンションなどに転居するのが、バランスで、これが、子供の教育に一番金のかかる時期に重なることが、資金ショートの原因となる。この類の計画は、銀行などの登場人物では利害が対立する部分で、そのような生活費を計画するならば、その部分を金利に充てさせることが、利益になる。このような次第で、計画性を失った不動産は公売や競売にかけられている。
2017年7月20日木曜日
参議院議員が二重国籍を解消した
1967年11月28日、台湾籍父と日本籍母との間に設けた台湾籍娘が1985年改正の国籍法2条1項で日本籍母を理由に日本国籍を追加取得して適法に二重国籍を取得したが、台湾法による国籍選択もせず、日本の国籍法14条1項の規定する22歳までに、同2項の規定する日本国籍を選択して台湾籍を放棄する宣言をしないままにし、1994年日本籍男性と結婚し、1997年2子を設け、2004年参議院議員に当選していたようで、その子が未成年であることから日本国籍選択宣言日が記載された戸籍謄本の公表を控えていたとの報道がある。公職選挙法10条1項2号は、30歳以上の日本国民に参議院議員被選挙権を認めているため、国籍法に従い、日本国の国籍選択をしておれば30歳時に二重国籍は生じない。国籍法に反して日本国の国籍選択をしないままであっても日本国籍を有する以上、公職選挙法には抵触しない。国籍法違反が、どの段階で認められるかという問題と、その認識が国籍法以外の法令に反しないのであれば、政治上の投票判断に晒された上での当選か、という問題で、台湾を国と認めていない立場であれば、国籍選択の選択肢に入らないという認識に至るとすれば、それが以上の国籍法違反の認識にどのような影響を与えるのか、という問題になると思われる。大学入学、就職、免許取得、渡航、結婚、出産、立候補といった人生の場面で、台湾籍が問題とならなかったのか、という視点があるかもしれない。国籍法は、旧法が日本籍父を国籍要件とし、改正後も、平成20年6月4日最高裁大法廷判決で旧法3条1項が法令違憲判断を下されるなど、血統主義や平等主義の視点からみて、不備のある法令という意見もあるようで、このようなことが問題を複雑化させる可能性がある。
2017年7月12日水曜日
総理大臣が選挙の応援演説をすること
総理大臣が東京都議選で、内閣総理大臣として応援演説をしたことが公務員の地位を利用した選挙運動として公選法に違反するとして刑事告発されたとの報道がある。しかし、総理大臣は、国家公務員法第2条3項1号の特別職国家公務員であり、応援演説は特定候補者への投票を勧奨する選挙運動であるが、総理大臣は、東京都の行政執行権を行う地位になく、選挙運動により都民や公務員など、都の行政執行を有利不利に受けうる者に対する地位を利用したと言えない為、公職選挙法第136条の2第1項1号には違反しないと思われる。ここで、弁護士のブログなどを確認して、どのような発言をされたのかを記憶しておく必要がある。弁護士の相当数が判断を誤るとすれば、一般国民が判断を誤る可能性はより高く、罰則を伴う法規制として違法性の認識に至るハードルが高過ぎる可能性が高い。このような罰則は一般国民を不意に処罰する可能性が高いので廃止すべきである。同じように、防衛大臣が、都議選で、防衛省・自衛隊、防衛相、としても、お願いしたいとの応援演説が、自衛隊の政治利用として、問題視されるが、まず、大臣自身が問題ないと考えたように、大臣は隊員ではないので、自衛隊法61条に定める自衛隊の政治的利用に当たらない。行動が違法でない以上、発言は政治的な表現の自由として最大限の尊重をしなければ、自由な討論と評決に向けた素材としての政治的意思表明ができなくなる。大臣が、おそらく自衛隊の憲法上の問題として、都議選でこのような発言をしたのか、都議選は国政選挙ではないのに、無意味ではないか、と思われるが、前段の議論とは別で、現在の状況を見れば明らかなように都議選の結果が国政に影響することを踏まえて、このような発言をされたのであろう。後々国会で問題になると思われるが、都議選の結果が、国政で自衛隊の憲法議論に影響してしまう。これを予見した発言なのだろうが、法解釈ができない議員に雰囲気と声の大きさで押されて仕舞う可能性がある。
うさぎ小屋でモノ消費するか小屋を出てコト消費するか
癌の闘病生活を報告するブログの人気が高かったが、それが終わると同時に離婚協議を報告するブログが人気となり、ブログのアクセス数という広告価値が移転した。そこにモノとカネの交換はなく、自己の私生活など経験を情報として発信することに対する関心が、第三者からの評価となって資産価値が認められる仕組みになる。ここに報道という第三者の媒介を許せば、情報の切り取りや評価が加えられて、発信者からすれば正しさの担保がされない不安となり、閲覧者からすれば、情報の正しさを発信者が担保してその責任を負う正しさの担保となる。報道からすれば、これは一方からの情報で、他方からの情報がない限り正しさの担保として不十分と考えるかも知れない。モノ消費であれば一回的消費で経験されたものが、コト消費ではそれに情報が加わり時間の経過という変化が避けられない。例えば行政書士やコンサルタントやカウンセラーがセミナー商法やスピリチャル商法をするというコト消費を売ることにおいて問われるのは、後から検証して、改めてその行動をとるか、ということだと思われる。
2017年7月10日月曜日
連続青酸殺人事件で全て弁護士に任せた被告人が弁護人が無罪主張の10日後に事実を認める
裁判員制度の公判前整理手続で1回2万円ほどの報酬を2年以上費やして、135日の公判期日を組んだ事件の手続で、捜査段階で自供していた被告人が公判で一転、弁護士に任せたといい、弁護人が責任能力なしとして無罪を主張した公判で検察官の質問に被告人が事実を認めたとの報道がある。被告人の主張に関わらず弁護士が過剰弁護の主張をして被告人が不利になることがないのか、不要な争点の為に莫大な税を投入する制度の相当性が問われる。弁護人とすれば、結論が死刑であれば、量刑は意味がなく、報酬のためには不要な争点を提起して裁判を長引かせるかも知れない。ネット上の言論を見るに弁護士制度の信頼が失われないか心配になる。
2017年7月7日金曜日
大株主が手持ち株式を売却せずに上場株式の株価を下落させる行動をとる動機
上場会社が経営の失敗で想定外の債務を負担して事業を売却したり、第三者割当増資で支援を仰いだり、法的整理を求めるなどの場合がある。経営する取締役等経営陣が自社株を持たないような、所有と経営が分離した株式会社の場合、自社の株価は経営陣の資産を毀損しないため利害が相反することは少ないかもしれないが、創業者が上場時に自社株を割当られたり、社員持株会やストックオプションで自社株を保有したり、賃金で株式を買い進めたり、といったことがあれば、自ら株価を下げるような行動をとれば自身の資産を毀損するためこれを回避する判断を優先することがあり得る。これは、債権者や支援側から見れば保身に映り、他の株主からみれば株主資本主義の重視即ち株価安定の材料に映るかもしれない。ここで、経営陣自ら最大比率の持株を有するのに、有利子負債が数年間の純利益で賄えるレベルであるも、簿外の債務負担が予想されるとして法的整理を申し立てる理由は何処にあるのか。仮にその情報から一株あたり純資産が株価の20倍、簿外債務を見なければ清算価値で株価の20倍になるというのであれば、尚更疑問符が付く。
2017年7月6日木曜日
上場会社の株式過半数を経営陣が有する資産管理会社で保有する
上場会社の株式過半数を経営陣の有する資産管理会社で保有する場合、その上場会社が経営権を維持する民事再生法を申請すれば、資産管理会社の株式価値は毀損するが、市場の約半数株式も同様となる。ここで再生手続が維持されればこの株式は再生計画如何によるが、あるスポンサーが事業を買収して得た売却代金を再生計画に盛り込み、数年間の弁済と債権放棄をすることで、再建を図ると思われる。ここで、株式の100パーセント減資をするか否かであるが事業がそのまま再生会社に残る場合は旧株主資本を償却してスポンサー宛に新株発行すると思われるが、事業買収が伴う場合にはその必要はリンクしていない。ここで、会社更正法ではなく民事再生法を申請する理由は、この過程で経営陣の意思決定を維持することにあり、これは価値が毀損する資産管理会社の株式価値が影響している。ここをコンフリクトと捉える向きもあり得るが、資産管理会社の株式価値を無視できない以上、それを毀損するような意思決定は取り難いという側面もある。次にこの過程で下落する株式を買い占めることがあるか、債権者が再生計画に異議を唱えるか、その判断は破産に移行する場合との考量によることと、破産に移行すれば資産管理会社の株式価値は清算価値になり、将来の利益を見込んだ収益還元価値を失うという側面に駆け引きの基底がある。ここで、債権放棄の合意が得られれば、特に、債権者数が大口少数の場合には債務資本振替などの手法に切り替えて申し立てを取り下げることもあり得るので、この見込みが株式買い占めの動機となる。債権者が利益について引当金を償却して欠損を計上すれば幕引き、逆に株式振替で連結対象にしても債務負担分だけ欠損繰越となると思われる。
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